学力の5〜6割は遺伝、それでも可能性は「無限」 行動遺伝学者・安藤寿康さんが語る遺伝と教育

1日10時間勉強しても第一志望に届かない子がいる一方で、ほとんど勉強していないように見える子があっさり最難関大学に受かる。こういう場面を見て「積んでいるエンジンが違う」と感じたことがある人は多いはずです。PIVOTの番組「教育新常識」で、子育て中のMCは「わたしは遺伝子に勝ちたい」と本音を口にしました。わが子には、親の遺伝子が届かなかったところまで行ってほしいという願いです。

この問いに答えたのは、慶應義塾大学名誉教授で、双子研究を使った行動遺伝学の日本での第一人者、安藤寿康さんです。以下、安藤さんが語った「遺伝と教育」の要点をまとめます。

「遺伝で決まる」という言い方をやめる

遺伝の影響を受けないものは何か、という最初の問いに対して、安藤さんは「問いの立て方がそもそも違う」と答えました。

人間もほかの動物と同じく遺伝子からできています。顔立ちも、能力も、性格も、遺伝子がつくったものから生まれてくるので、遺伝の影響がまったくないものは基本的にありません。かといって、環境の影響をまったく受けないものもありません。「決まる」と言った瞬間に、環境ではどうにもならないという印象になってしまいます。だから安藤さんは、0か1かではなく「影響をどの程度受けるか」という程度の問題として考えるべきだと強調しました。

メンデルの法則で考える「トンビが鷹を生む」

遺伝の基本として、安藤さんはメンデルの法則を説明しました。エンドウ豆の黄色と緑を掛け合わせると、子は中間の黄緑にはならず、すべて黄色になります。それでも子は緑の遺伝子を隠し持っていて、その次の世代で緑が現れることがあります。つまり見た目だけでは、何が受け継がれているかはわかりません。

知能や学歴に関わる遺伝子は、現時点でわかっているだけでも約4000個近くあるそうです。その一つひとつがメンデルの法則どおり、両親から半分ずつランダムに受け継がれます。両親がそれぞれ持っていた祖父母由来の「高める」遺伝子が子どもの中でたまたま重なれば、親より高い能力が現れる。安藤さんは「トンビが鷹を生む」をこのように説明しました。逆に言えば、名馬どうしを掛け合わせても必ず強い馬が生まれるとは限りません。

知能・学力は5〜6割が遺伝、家庭環境は約3割

行動遺伝学が扱う「行動」は幅広く、学力や知能のほか、パーソナリティ、社会性、精神疾患、発達障害、さらに行動経済学の分野では収入なども対象になります。なかでも知能は研究の蓄積がとくに多く、1960年代ごろには大まかな結果が出そろっていたといいます。

安藤さんによると、知能やそれに関わる学力の遺伝率はおよそ50〜60%。それを明らかにしてきたのが双子研究です。

  • 一卵性双生児は遺伝子がまったく同じ
  • 二卵性双生児は遺伝子の共有がおよそ50%
  • どちらも同じ家庭で育つので、育ちの環境は同程度に似ている

このため、一卵性のほうが二卵性より似ていれば、その差は遺伝の違いで説明できます。安藤さんのチームでも約2000組の双子が協力していて、世界では数万組規模のデータがあるそうです。結果を見ると、一卵性と二卵性の差がもっとも大きく出るのが知能、つまりIQでした。

一方で、一緒に育った環境、つまり家庭の影響(共有環境)も計算できます。学力の場合、遺伝の約50%に対して家庭環境の影響が約30%。遺伝ほど強くはないものの、十分に匹敵する大きさです。これは多くの統計の平均なので、遺伝的には平均的でも教育熱心な家庭の子が、遺伝的に恵まれていても教育に無関心な家庭の子を追い抜くことは十分ありうる、と安藤さんは述べました。

残りの部分は、同じ家で育っても一人ひとり違う友だちや経験から来る「非共有環境」の影響です。科目別では、体育は一卵性と二卵性の差が比較的小さく、遺伝の影響が相対的に小さいことが示されていました。

日本の算数は家庭環境の影響が大きい?

おもしろいのは算数・数学です。日本のデータでは遺伝の影響が意外に小さく、家庭環境の影響が大きく出ました。イギリスのデータではむしろ遺伝の影響のほうが大きく、結果が違います。理由はわかっていないとしたうえで、安藤さんは自分の推測として次のように話しました。日本には公文式やそろばんのように、計算技術に特化した習い事の文化がある。それをやらせる家庭かどうかの違いが、算数の成績に出やすいのではないか、というものです。

遺伝の影響は年齢とともに強まる

多くの人の直感に反するのが、年齢による変化です。子どもの知能の遺伝率は約40%ですが、青年期から成人期にかけて上がっていきます。経験を積むほど環境の影響が強くなりそうに思えますが、実際は逆で、これは世界中で同じ結果が出ているそうです。

安藤さんの説明はこうです。幼い子どもにとって、環境とはほぼ親がつくってくれたものだけなので、家庭環境の影響が相対的に大きくなります。ところが小学校、中学校と進んで親の言うことを聞かなくなり、自分の世界を持つようになると、自分の遺伝的な傾向に合った環境を自分で選び、周りからも与えられるようになります。その結果、遺伝の影響が大きく見えるようになるというわけです。親から見れば「頑張りが効かなくなる」ことですが、子どもから見れば自立していく過程だ、と安藤さんは言います。

幼いころの傾向が後につながる例として、アメリカのマシュマロテストの研究も紹介されました。目の前のマシュマロを食べずに待てた子のほうが後のIQが高い傾向があり、ある程度の関係が認められているそうです。

MCの芸人さんは、小学生のころは塾にも通って学校で「無双」していたのに、中学に入ると周りに追いつかれ、勉強がつまらなくなったと振り返りました。安藤さんは決めつけはしないとことわったうえで、子どものころからクラスを笑わせるのが好きだったという話に、その頃からの素質の表れを見ていました。もちろん、ビリギャルのように後から伸びる例もたくさんあるそうです。

遺伝子で将来の学歴がわかる時代に

番組でいちばん衝撃的だったのは、遺伝子から学歴を予測する研究の話でしょう。イギリス、アメリカ、オーストラリアなどには、数百万人規模の遺伝子と学歴のデータを集めたバイオバンクがあります。そこから見つかった約3900カ所の遺伝子の組み合わせを足し合わせると、一人ひとりの「遺伝的得点」が出せるといいます。それを使うと、最終学歴がどこまでになるかや、大学に入ってから落第するかどうかを、ある程度の確率で予測できる。しかも生まれた時点、さらには生まれる前からわかるというのです。

ただし安藤さんは、この得点で説明できる割合はわずか15%程度だと強調しました。結果をうのみにして「うちの子はだめだから勉強しなくていい」と考えるのは間違いだ、というのが安藤さんの立場です。ヨーロッパでも、これを遺伝子検査として実際に導入したという話は聞かないそうです。

才能は「隠れている」のではなく「気づいていない」だけ

それでも適性を見つけるのには役立ちそうだ、というMCの声に、安藤さんは「逆に言えば、可能性は無限にあると考えている」と答えました。遺伝子の組み合わせは全員違うので、「この人にはこれがある」と決めることはできないからです。

ただし、親が「何としても見つけてやろう」と力むのは「強欲」かもしれない、と安藤さんは笑います。わざわざ探さなくても、見ていればわかるからです。組み立てたり作ったりするのが好き、絵にはあまり興味がない、踊りは得意ではない。そうした好き嫌いは子どもから青年期にかけてはっきりしていき、今の好き嫌いは多かれ少なかれ一生続く可能性が高いといいます。「三つ子の魂百まで」です。

安藤さんによれば、よく言われる「隠れた才能」は隠れているわけではありません。本人が気づいていないか、大したことはないと低く見ているだけのことが多い。そうしたものが、実は将来の素質の種になっている可能性があるそうです。

努力も遺伝、それでも悲観しなくていい

では努力は無意味なのか。安藤さんの答えは「基本的に何でも遺伝」でした。努力を続けられるか、どんな努力の仕方をするか、どの努力が無駄かを見極められるかにも、遺伝の影響があります。それでも悲観する必要はないと安藤さんは言います。遺伝子は「自動運転」のように、その人をどこかへ導いてくれているからです。

冒頭で芸人のMCは、才能の差を感じる相手とは「同じ土俵に立たない」ことで戦ってきたと話していました。安藤さんはこれを聞いて「それが今日のテーマかもしれない」と応じています。

親にできるのは、確率を上げることと「よく見る」こと

何でも遺伝の影響を受けるなら、親は何をすればいいのか。安藤さんは、読み聞かせが子どもの学力に影響するという研究結果があると紹介しました。一方で、「勉強しなさい」と言われない子ほど成績がいいというデータについては、もともと成績のいい子は言われる必要がないだけで、因果関係が逆だと指摘しています。

安藤さんは、遺伝も環境も結局は確率の問題で「全部ガチャ」だと言います。確率そのものを操ることはできません。番組の最後に出た「だから、子どもをよく観察することが大事なのでは」というMCの言葉に、安藤さんも「そうだと思います」と深くうなずいていました。

遺伝は運命を「決める」ものではなく、あらゆるものに程度の差をもって「影響する」もの。

この見方に立つと、わが子の遺伝子に「勝つ」ことよりも、その子がもともと持っている好き嫌いや素質に気づいて伸ばすことのほうが、親にとって現実的で前向きな向き合い方なのかもしれません。

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