「人は環境の子」を信じた研究者が、なぜ「すべては遺伝」と言うのか——安藤寿康さんと岡田斗司夫さんの対談から

『日本人の9割が知らない遺伝の真実』の著者で、行動遺伝学者の安藤寿康さん。岡田斗司夫さんとの対談で、身長、肥満、知能、さらにはモテるかどうかまで、遺伝がどこまで関わるのかが語られました。耳の痛い話も多いのですが、努力や教育を全部否定する話ではありません。対談の要点をまとめます。

出発点は「才能は生まれつきではない」だった

意外なことに、安藤さんはもともと遺伝の影響を強く見る立場ではありませんでした。若い頃に信じていたのは、バイオリンの鈴木メソッドです。「才能は生まれつきではない、人は環境の子なり」を掲げる教育法でした。

高校生の頃、どうすれば成績が上がるのかに悩んでいた安藤さんにとって、この考え方は救いだったそうです。鈴木氏の本を読むと、環境を完璧にコントロールすれば能力はどこまでも伸びるように思えました。心理学の行動主義も同じ方向の考え方で、科学的に証明できるのではないかと考えていたといいます。

ところが、行動遺伝学を学んで双子のデータを集めると、見方は大きく変わりました。一卵性の双子はどうしてこんなに似ているのか。この事実に向き合い、研究を重ねた結果が今の立場だと安藤さんは話します。

双子を比べると遺伝の影響が見えてくる

対談で紹介された研究方法はシンプルです。一卵性の双子は遺伝子を100%共有していて、二卵性の双子は半分ほどを共有しています。ある特徴の似かたが一卵性と二卵性でおよそ2対1になっていれば、その特徴はほぼ遺伝で説明できる、という考え方です。

身長や肥満は遺伝の影響が大きいとされ、肥満はばらつきの8割ほどが遺伝で説明されるという話が出ました。ただし安藤さんは、これは集団で見たときの数字で、一人ひとりの体型の8割が遺伝で決まるという意味ではないと補足しています。

遺伝で説明できない部分は「育ち」ではない

では、遺伝で説明できない残りは何なのでしょうか。普通は「そういう家で育ったから」と考えがちです。しかし安藤さんによると、その多くは家族が共有する環境ではなく、一人ひとりが別々に経験する「非共有環境」です。どんな仕事を選ぶか、家の外でどんな友達と付き合うか、といったものがこれにあたります。

しかも、どんな友達を選ぶかにも遺伝の影響が見られるといいます。人気のある子と付き合うかどうかを調べた双子研究もあるそうです。それでも偶然の出会いはかなり入り込むので、安藤さんはそれが非共有環境の主な中身ではないかと見ています。

環境をそろえるほど遺伝の差がはっきり出る

両親とも太っているという岡田さんは、生活習慣そのものが遺伝にかなり左右されていると話しました。軍隊の写真を見ると、同じ量の運動をして同じ食事をとっていても、太っている人と痩せている人が分かれている。環境を全員同じにすると、遺伝の違いがそのまま出てくるのではないか、という指摘です。

安藤さんもこれに同意します。強制収容所のような極端な環境なら全員痩せるかもしれません。しかしそこまでいかなければ、厳しい環境でも太る人は太り、痩せる人は痩せるといいます。

普段は遺伝も環境もばらついているので、どちらが原因かはっきりせず、みんな都合のいいように解釈できます。ところが環境がそろうと、残った差は遺伝だということがはっきりしてしまう。安藤さんは、学校教育でもこれが起きているかもしれないと話しています。

知能とは何か、そして知能も遺伝するのか

本の中心テーマは知能です。安藤さんは知能を、脳が行うさまざまな情報処理から生まれるもの、と説明しました。そのうえで、心理学者としてはもっと絞った立場をとります。この本で扱っているのは、あくまで知能検査で測られるものだというのです。

知能をもっと広い意味で語ることもでき、検査で測れるものだけではないと言いたい人はたくさんいるだろう、と安藤さん自身も認めています。それでも知能検査には長い歴史があり、学校の成績や社会的な地位、性格などとの関係について、どこまで言えてどこまで言えないかがかなり分かっています。これが検査で測れる知能に絞る理由です。

岡田さんは、知能を「一を聞いて十を知る」ような抽象的に考える力、つまり知識を組み合わせて問題を解く「地頭」だと言い換えました。話は知能の種類にも広がります。

  • 流動性知能:頭の回転の速さ。比較的若いうちにピークを迎えるといわれる
  • 経験で伸びる知能:社会性やさまざまな分野の知識。経験によって伸び、亡くなる直前まで伸び続けるといわれる。どれだけ伸ばせるかは地頭にも左右される

では知能も遺伝するのか。安藤さんの答えは「すべては遺伝」でした。指紋も身長も肥満も知能も遺伝の影響を受けています。知能だけは環境や努力でどうにでもなると考えるのは、肥満や身長や指紋も努力でどうにかなると考えるのと同じで、信仰に近いと安藤さんは言います。

「モテない」のも遺伝なのか

「自分がモテないのは遺伝なのか」という岡田さんの質問に、安藤さんは「程度によるが、かなり遺伝だと考えてしまう」と答えました。ただ、話には続きがあります。

顔の基本的な形はほぼ遺伝で決まります。けれども、その顔がつくる表情や、表情が伝えるメッセージはずっと変わりやすいものです。楽しい経験をすれば可愛い表情が出てくるし、そうすれば周りからも可愛く見えるようになります。

安藤さんは、能力を「本人の中にあって外に出てくるもの」とだけ考えるのは一面的だと言います。周りがそれを能力として認めて初めて能力になる面があり、カリスマと同じだというのです。例として、安藤さんのゼミの男子学生の話が出ました。顔は何も変わっていないのに、誰かが「星野源に似ている」と言い出してからイケメン扱いされるようになったそうです。

遺伝的な特徴がどう受け取られるかは、その場の文化や文脈で変わります。文脈を変えれば誰にでも何かしらの能力はある、とは言えます。ただ、世の中はそう簡単ではないかもしれない、とも安藤さんは付け加えました。

努力や勉強はどう考えればいいのか

「すべては遺伝」だとすると、努力には意味がないのでしょうか。安藤さんはここが一番大事な点だと言います。遺伝的な素質が表に出るには訓練が欠かせない、というのは当たり前のことです。

鈴木メソッドは、かつては一部の人しか弾けなかったヴィヴァルディやモーツァルトの協奏曲を、普通の子どもたちが弾けるようにしました。安藤さんは、訓練によって能力を身につけることは、遺伝的な素質が花開くこととほぼ同じだと考えています。

才能×努力という島田紳助さんの考え方

岡田さんは、引退した島田紳助さんの説を紹介しました。才能も努力も0〜5の6段階で、能力はその掛け算で決まるという考え方です。才能が3ある人が努力1なら、才能1の人でも努力5で追い越せます。しかし才能5の人が努力5をしたら、もう勝てません。だから才能がほとんどない分野にはこだわらず、自分が3や4を持っている分野を見つけて頑張れ、という話です。

紳助さんは努力にも正しいものと間違ったものがあると言っていたそうです。漫才の練習をひたすら繰り返しても、しゃべりが滑らかになるだけで面白くはならない。それより歩きながら世間話をして自分のリズムを見つけ、それからネタを考えるのが正しい努力だというのです。岡田さんは、ここでいう努力には戦略やマーケティングまで含まれていると指摘しました。

古代ギリシャの「才能・教育・訓練」

安藤さんは、古代ギリシャの哲学者が才能、教育、訓練の3つを比べていたという話を紹介しました。訓練は場合によって才能を上回ることがあるが、教育が才能や訓練を上回ることはない、という考え方です。ここでいう教育は人から与えられるもの、訓練は自分から進んでやるものを指します。

岡田さんはこれを今に置き換えて、ネットや本は教育にあたり、ネットで読んだことをブログに書いて反論され、やり取りをするのが訓練にあたると話しました。そのうえで「だいたいのことはギリシャ人が考えている」と感心していました。

「いい先生」の効果が長続きしない理由

本の中には、とても優れた先生に教わっても、その場では成績が上がるものの、3〜6か月後には普通の授業を受けた子とほとんど差がなくなるという研究も紹介されているそうです。

安藤さんは、親や先生がこれを「自分たちのしていることは無意味だ」と受け取る必要はまったくないと強調しました。日本の先生はおおむとよくやっているし、日本の教育システムはかなり完成度が高い。そのため、少しやり方を工夫しても劇的には変わらない、という意味だというのです。

岡田さんはこれを、ほとんどの子を高い水準まで引き上げる仕組みがすでにできていて、先生ごとの違いは98を99にするか、97を95に下げるかくらいの小さな差しかない、と言い換えました。さらに安藤さんは、小学校から高校までの長い期間に多くの先生が関わるので、ずっと悪い先生に当たり続けることはまずない、という点も挙げています。

一方で、もともと頭が悪いわけではないのに、どこかの段階で勉強を投げ出してしまう人もいます。安藤さんは、そういう人がもう一度勉強に向き合った例として、映画にもなった「ビリギャル」に触れました。

本当の訓練は「気づいたら1万時間」

終盤で岡田さんは、何事も1万時間やればプロの域に届くという「1万時間の法則」を取り上げました。1万時間をどうひねり出すかと考えている時点で、訓練としてはずれているのではないか、と岡田さんは言います。アニメ好きが気づいたら1万時間見ていた、本好きが気づいたら1万時間読んでいた、というように、苦労している感覚なしに積み上がるのが本当の訓練だというのです。安藤さんもこれにうなずいていました。

遺伝の影響は避けられません。それでも、どの分野で、どんな文脈で、どれだけ夢中になって取り組むかには工夫の余地があります。対談の前半では、行動遺伝学のデータと自分の才能の生かし方とのつながりが見えてきました。後半では、抽象的な思考や頭の良さ、社会とのかかわりについてさらに話を聞く予定だと予告されています。

参考動画